1560年(永禄3年)三成誕生
1583年(天正11年)賤ヶ岳の合戦
水口4万石の城主となり、島左近を召し抱える。
【島左近】
近江に隠遁していた。
天下に名を馳せた左近のもとには、様々な仕官の話があったようだが、
なかなか腰を上げようとはしなかった。
やがて、その頃、近江に赴任してきた石田三成が左近を訪ねた。
初めは断った左近であったが、
三成は、左近に、家臣としてではなく父、対等な立場でいて欲しいと
頭を下げて仕官を頼んだ。知略、武勇に劣る三成にとって、
戦闘のプロ、左近は喉から手が出るほど欲しい男であった。
そして、秀吉から拝領した知行4万石の書状を破り、半分を左近に手渡した。
左近は感服し、それ以後三成と運命を共にすることを誓う。
直江兼続に書を送り、秀吉・上杉の同盟を成功させる。
1590年(天正18年)
近江佐和山19万石の城主となる。(異説あり)
三成は大規模な改修工事を行い、
山頂に五層(三層説あり)の天守が高くそびえたつほどの城を築いた。

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Author:tec tak
・新潟県出身
・高校では日本史専攻
・大学では政治経済学部
・社会人ではSE業界
(不易流行! 真に価値のあるものは時代を問いません。勉強する種はどこにでもあります)
日本史好きが高じて、国際関係に興味が出て、海外への修行として青年海外協力隊に参加、ブータン王国で国家システムの構築に関わってきました!
帰国後、身につける技は「IT」「経済」「国際」、今後の有望分野は「エネルギー」「農業」と想定して、技を磨いています。
現在は、企業向けのERPシステムエンジニア。
目標は、誰も(一般の人も)が簡単に使うことのできるERPシステムです。