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新たなるバイオ医薬品開発—最前線レポート

塩基配列を解読するシークエンス遺伝子組み換え、DNAを増幅するPCR法という「バイオテクノロジーにおける三種の神器」がそろった1980年代、それまで生体からわずかしか得られなかった有用なタンパク質を、大腸菌や酵母に大量生産させることが可能になった。その一部は医薬品に応用され、「バイオ医薬品」という新たな領域をもたらした。

日本において最初に承認されたバイオ医薬品は、インスリンである。

1970年代になると、ヒトのインスリンの構造が、ウシとくらべてアミノ酸3 個分、ブタとはアミノ酸1個分、異なっていることが判明。遺伝子組み換え技術によって、異種のアミノ酸をヒト型に置き換える試みがなされた。さらに、アメリカのイーライリリー社が大腸菌や酵母に「ヒトのインスリン遺伝子」を導入することでヒト型のインスリンを大量生産することに成功し、1982年に「世界初のバイオ医薬品」として販売を開始した。

タンパク質の構造を一部改変することで「生体内での機能を高める技術」が模索されるようになり、2000年を迎えるころには、第2世代のバイオ医薬品として、特定の受容体などを標的とし高機能を果たす「抗体医薬品」が登場

現在は、タンパク質のかわりに「特定の立体構造をもつRNA(アプタマー)」を利用した第3世代のバイオ医薬品開発も進んでおり、「2010年代末までに、世界の新薬の30〜50%が、バイオ医薬品で占められる」との予測がなされている。

抗体医薬品は、動物の培養細胞や大腸菌に作らせたヒト型の抗体を用いたもの。静脈から注射し、標的細胞の表面にある「特定のタンパク質」と1対1で結合させることで、特定のシグナルを遮断したり、逆に増強したりして治療効果を発揮する。

世界を見渡すと、この10年あまりで、約20種もの抗体医薬品が上市されている。躍進の鍵は、「マウスの遺伝子をヒト型に置き換えるヒト化技術」と「培養したCHO細胞(チャイニーズハムスター卵巣細胞)を利用してヒトの免疫グロブリンを作らせる技術」の開発にあったとされる。この2大技術により、ヒト型の単一の抗体(モノクロナール抗体)を大量生産できるようになったからである。ただし、抗体医薬品の開発や生産には大がかりな培養設備などが必要で、研究開発費は右肩上がりを続けている。医薬品1剤あたりでみると、1976年には5400万ドルだったものが、2003年には10億ドルを突破しているという(医薬経済 2006.6.1号より)。


バイオ医薬品の定義とカテゴリーについて整理しておきたい。といっても、世界的な基準や定義はなく、研究者によっても解釈に幅があるのが現状である。とくに、「遺伝子組み換え」という単純でわかりやすい技術を用いた第1世代に対し、第2世代以降のバイオ医薬品はさまざまな先端技術を駆使しており、「遺伝子組み換え、細胞培養、核酸技術などのバイオテクノロジーを用いた医薬品だ」とする研究者もいれば、「広く、生物に由来した医薬品を指す」とする研究者もいる。

国立医薬品食品衛生研究所 生物薬品部の前部長で、現在は同研究所の客員研究員を務める山口照英博士は「海外では、バイオ医薬品に相当する統一名称すらなく、biotechnology drived product、biologics、advanced therapy とさまざまな用語が使われています」としたうえで、「私は、現在の第2世代以降のバイオ医薬品を、およそ以下のようにカテゴライズできると考えています」と話す。


タンパク質医薬品

有用タンパク質を、大腸菌や培養細胞内で作らせたもの。インシュリンは第1世代の、トラスツズマブなどの抗体医薬品は第2世代のタンパク質医薬品といえる。


遺伝子改変動植物につくらせた治療用食品

有用タンパク質を遺伝子改変ヤギのミルクや、遺伝子改変イネの米などに作らせたもの。研究レベルでは、米の中にスギ花粉症のアレルゲンを作らせた「スギ花粉症緩和米」などが作られている。この米を食べると、体がアレルゲンに慣れることで、スギ花粉症の発症がある程度予防できるとされる。


遺伝子治療用医薬品

遺伝子治療用の遺伝子のこと。遺伝子を運ぶベクターの改良、新たなDDS(ドラッグデリバリーシステム)のプラットホーム開発が課題とされる。2002年、フランスで、レトロウイルスによるX連鎖重症複合免疫不全症の遺伝子治療後に白血病を発病して死亡する事例が発生し、日本では研究開発が低迷。世界的には、がん、先天性免疫不全、網膜疾患などを対象に、アデノウイルス、レンチウイルス、単純ヘルペスウイルスなどを用いた臨床試験が、計2000例を超えている。


細胞治療用医薬品

失われた組織を再生するために用いる細胞のこと。日本では、名古屋大学医学部の上田実教授らが開発した自家培養皮膚が、2007年に医薬品として承認された。1平方センチの正常皮膚組織から、2週間で100平方センチ以上の培養皮膚シートを作ることができるとされ、重度の熱傷などに適応される。


アプタマー

RNAの立体構造を利用して、抗体と同様に作用させるもの。2004年にアメリカで加齢黄斑変性症の薬「マクジェン(バイオベンチャーのアイテック社が開発し、フェーズ2以降はファイザー社による)」が承認された。この薬は、血管内皮増殖因子(VEGF)を標的とし、有害な血管新生を阻害する。日本でも2008年に承認された。




アプタマー医薬品は、RNAの塩基配列ではなく立体構造を利用するという点で、これまでの核酸医薬品とは決定的に異なり、抗体医薬品の躍進に後押しされるかたちで研究が進んでいる。「たとえば、40塩基対からなるRNA断片をランダムに作ると、4の40乗通りの組み合わせができることになり、各々が任意の立体構造をとります。この集団のなかから、標的とするタンパク質にフィットするものをつり上げ(セレックス法という)、改変を加えて抗体医薬品のように使うというのがアプタマー医薬品の基本的な考え方です1」。

アプタマー医薬品が、細胞表面だけでなく、内部に入って機能を発揮する可能性をも示唆しており、抗体医薬品を凌駕するポテンシャルを感じさせる。しかもアプタマー医薬品は、研究室レベルで大量に化学合成でき、抗体産生のような大がかりな培養設備は必要ない

大規模な設備と資金を必要とする抗体医薬品の開発は、大手製薬会社にしか行えない状況にある。しかも、細胞外の標的分子は、大手製薬会社によって探索し尽くされている。「低資金で行えるアプタマー創薬は、ベンチャーでも手がけることができます。しかも、細胞内には手のつけられていない標的分子がたくさんあり、細胞内のより下流の分子を標的にすれば、副作用が少なく、効果が高いはず。ピンポイントで使うことにより、使用量を少なくして価格をおさえることも可能です




続々と上市されるバイオ医薬品だが、「バイオ」に特有の有害事例も出ている。とくに抗体医薬品では、標的分子に対する特異性が高いために、薬理作用の延長として回避できない反応や、既存の知識や動物実験によるデータからは予測できない反応がみられることがある。これまでに、「結腸・直腸がんに使われる抗VEGF抗体(ベバシズマブ)による、傷のなおりにくさや動脈血栓塞栓症」、「関節リウマチなどに使われる、抗TNFα抗体(インフリキシマブ、アダリムマブなど)による感染症リスクの増大」、「乳がんに適応される、抗HER2抗体(トラスツズマブ)とアントラサイクリン系薬剤の併用による心不全の発生」などが報告されている。

「薬効評価や毒性試験は動物モデルで行われますが、ヒトと動物とでは、標的分子の構造や機能が異なるため、ヒトタンパク質に特異的な医薬品の評価に限界があります。ヒトにだけ思わぬ作用をもたらすことがある点や、医薬品が動物によって異種タンパク質として認識され、長期間の試験が難しいケースがある点が、最大の問題です」とし、「ヒト細胞を利用した評価法など新しい有害作用評価法の開発などが、ますます重要になるでしょう」


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