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原爆投下の理由

なぜ広島に原爆が投下されたのか

広島原爆被災地図
長崎原爆の物理的被害




広島市への原子爆弾投下
当時の広島市の人口35万人(推定)のうち9万~16万6千人が被爆から2~4カ月以内に死亡したとされる[3]。



長崎市への原子爆弾投下
当時の長崎市の人口24万人(推定)のうち約14万9千人が死没、建物は約36%が全焼または全半壊した[5]。



日本への原子爆弾投下

第三の原子爆弾投下準備
長崎市への原子爆弾投下後、テニアン島に原子爆弾はなかったが、プルトニウム以外の原子爆弾の部品は用意されており、プルトニウムをアメリカ本土から運んでくれば原子爆弾をすぐに組み立てて完成させることができる状態であった。8月14日にロスアラモス基地からプルトニウムが出荷され、8月20日前後には第三の原子爆弾を投下することが可能であったが、8月14日に日本から降伏通告が来たため、第三の原子爆弾が日本に投下されることはなかった。
第三の原子爆弾投下候補地は小倉市、京都市、新潟市など諸説あるが、1945年8月14日に投下された7発のパンプキン爆弾の愛知県への投下は、3発目の原子爆弾の投下訓練であったとされ、いずれも爆撃機が京都上空を経由した後に愛知県に投下していることから、第三の原子爆弾の標的は京都市であったと考えられる理由の一つとなっている[18]。
また広島市・長崎市に投下された新型爆弾が、新潟市にも落とされるとの新潟県知事見解により、新潟市の中心から12km以上疎開することを求めた「徹底的人員疎開」なる布告を8月10日に出したため、新潟市の中心部が17日ごろまで無人状態になった。



広島→小倉→長崎と繋がっているので候補になったのではないでしょうか。

新潟は離れているうえ、曇っていて目標に出来なかった場合の代替候補が苦しくなります。








長崎の原爆落下中心地を訪問しました。

原爆を落とす理由はいくつもありますが、実際に行ってみて納得しました。

「やっぱ原爆って実験だったんだ」

第一候補は小倉だったということですけど、当時のアメリカ的には長崎で正解だったでしょう。

南北に細長く、東西は山で囲まれ、住宅等密集している。

住民も20万オーバーと地形の割に大き目な規模の都市。

それが一発でほぼ壊滅。

これ以上の実験結果はないでしょう。

今の長崎のすべてが吹っ飛んだという風に置き換えると慄然としました。

戦争末期で、他国のことで、被害がどれくらいになるか容易には思い浮かばないといっても、

平気な顔でできたというのは人類としての一つの到達点でしょう。

ある意味ナガサキがあったからその後の核の実戦投入もないとはいえそうですが。



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