「メガトレンド」を追いかけ、「5分後の未来を展望する」ことを理想します。
ふと思い立ち朝鮮の歴史を紐解いてみた。




古朝鮮

古朝鮮(こちょうせん)とは、漢王朝武帝による漢四郡以前の古代朝鮮(?~紀元前108年)の総称で、後代の李氏朝鮮と対応して使用される。檀君朝鮮・箕子朝鮮・衛氏朝鮮の三朝鮮の総称。






檀君朝鮮

檀君王倹が紀元前2333年に開いたとされたという国の名前。

高麗時代の一然著『三国遺事』(1280年代成立)に魏書からの引用と見られるのが文献上の初出である。

『三国遺事』が引用する「朝鮮古記」によれば、桓因(かんいん、。桓因は帝釈天の別名である)の庶子である桓雄(かんゆう、)が人間界に興味を持ったため、桓因は桓雄に天符印を3つ与え、桓雄は太伯山(現在の妙香山)の頂きの神檀樹の下に風伯、雨師、雲師ら3000人の部下とともに降り、そこに神市という国をおこすと、人間の地を360年余り治めた。

1500年間朝鮮を統治したが、周の武王が朝鮮の地に殷の王族である箕子を封じたので、檀君は山に隠れて山の神になった。1908歳で亡くなったという。



端から終わりまで思いっきり伝説ですね。




箕子朝鮮

箕子朝鮮(紀元前12世紀?[1] - 紀元前194年)とは、中国の殷に出自を持つ[2]箕子が建国したとされる朝鮮の伝説的な古代国家。いわゆる古朝鮮の一つ。首都は王険城(現在の平壌)。『三国志』魏志書、『魏略』逸文などに具体的な記述がある。

建国後の動向はほとんど伝わらない。



「建国後の動向はほとんど伝わらない」「唐突に1000年近く王朝を作っている」あたりこっちも伝説っぽいですね。

ただ中国の史書で名前が上がるのが比較的早いので何等かの伝承は残っていそうです。


「箕子」の名前に既視感があるなあと思っていたのですが、やはりこれ殷の箕子なんですね。

箕子の名前を初めて知ったのが宮城谷 昌光さんの『王家の風日』。

これだけマイナーな素材でとんでもない小説を描いたと感心したものですが。

今週の一冊 『王家の風日』 宮城谷昌光 -4冊目

それがここで朝鮮に繋がるとは。古代において箕子はそれだけ大きな存在だったということですね。

とはいえ箕子そのものの存在も疑われているとかで、大混乱状態。

ひょっとしてこれは日本における「源義経=チンギスハーン」的な歴史上のスーパースターは実は生きていて欲しいという中国人の願いなのではないでしょうか。

伝説の王朝殷の伝説の家臣箕子(王家の血も引いている)は殷滅亡後朝鮮の地で王朝を築いた(1000年)。

如何にも小説の題材になりそうな話題ですね。




衛氏朝鮮

衛氏朝鮮(えいしちょうせん 紀元前195年? - 紀元前108年)は、その実在について論争のない[2]朝鮮半島の最初の国家である。中国の燕に出自を持つ[3]中国人亡命者である衛満(『史記』及び『漢書』には名のみ「満」と記す。姓を「衛」と記すのは『三国志』以降)が今の朝鮮半島北部に立てたとされる。



100年未満で滅亡しているあたりかなり具体的で、前二代の王朝に比べはるかに現実的な気がします。


あれ?結局朝鮮の歴史って確かなことが分からないんでしょうか。
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