「メガトレンド」を追いかけ、「5分後の未来を展望する」ことを理想します。

アジアを駆ける、流浪のフットボーラー 伊藤壇

2001:ウッドランド・ウェリントンFC(シンガポール)
2002:ウエストゲートSC(オーストラリア)
2003:サイゴン・ポート(ベトナム)
2004:傑志(香港)
2004:オーソットサパーFC(タイ)
2004:傑志(香港)
2005:ペナンFA(マレーシア)
2005〜06:QAF FC(ブルネイ)
2006:クラブ・バレンシア(モルディブ)
2006:QAF FC(ブルネイ)
2006:ブルネイDPMM FC(ブルネイ)
2007〜08:QAF FC(ブルネイ)
2008:屯門体育会足球隊(香港)
2009:名門世家加義(マカオ)
2009〜10:チャーチル・ブラザーズSC(インド)
2011:ラカプラ・ユナイテッド(ミャンマー)
2011〜12:マナン・マルシャンディFC(ネパール)
2012:ビルド・ブライト・ユナイテッド(カンボジア)
2013.2〜4:グリーン・アーチャーズ・ユナイテッド(フィリピン)
2013.5〜12:エルチム(モンゴル)
2014:LAO TOYOTA(ラオス)
2014.5〜7:Yotha F.C.(ラオス)※レンタル移籍
2015〜:ティンプーFC(ブータン)

彼のポリシーは1年で1カ国を回るというもの。
代理人を一切つけず、移籍交渉も全て自分で行うのが彼のスタイルである。



伊藤壇
伊藤壇オフィシャルブログ








新天地はラオス。17ヵ国でプレーしてきた異色の選手・伊藤壇。アジアの開拓者としての矜持

「とにかく現地に乗り込んで、まずは街中のストリートサッカーに混ぜてもらうんです。その中で現地のサッカー事情を聞き出して、練習場に直接行って練習参加させてもらう。最近ではフェイスブックやツイッターなども活用して、チームの関係者にコンタクトを取ったりもしています」

 何かと日本とは勝手が違う面も多いアジアの地。口約束はほとんど意味をなさないため、「契約交渉の時はICレコーダーを持ち込んで、証拠をとっておく」など、アジアならではの苦労も数知れず経験してきた。




アジアで活躍!サッカー選手・伊藤壇に密着
アジア18カ国目のブータンリーグに挑戦。海外転戦の先駆者・伊藤壇の生き様




A-ディヴィジョン

A-ディヴィジョン(英: A-Division)は、ブータン国内におけるサッカーリーグのトップディビジョンである。1986年創設。優勝クラブはAFCプレジデンツカップ出場権を獲得する。

クラブ ホームタウン
ゾングリクFC ティンプー
ジンドラFC ティンプー
ドルク・ポルFC ティンプー
ナンパFC ティンプー
トランスポート・ユナイテッド ティンプー
イェージンFC ティンプー



よくわからないけど、これプロリーグ何でしょうか?
10年前はただの草チームと思ってましたが、今やプロ化?




ティンプーFC

ティンプー・フットボールクラブ(英語: Thimphu Football Club)は、ブータンの首都ティンプーをホームタウンとするサッカークラブ。ブータン王室のサッカークラブである。

ティンプーFCは2015年に創設された。



王室クラブが2015年に。そんな意欲のある人はどなたでしょう。
風景が変わってるのでしょうか。
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